頑張ったら胸張って良いんだよ-yurutatsukoのゆる人生-

アラサ―独身女の初ブログ。好きなもの好きなだけ書いています。あわよくば皆様に元気を提供出来たら良いです。

母が苦手な全ての人へ~私の母について書きます~その①

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皆さまお久しぶりです~!

 

ブログ始めた時は「せめて3日に1投稿」と思っていた私ですが、

気付いたらこんな事になってました~!笑

ま、無理は禁物!

好きな事は好きなようにする事が一番ですね!(言い訳)

 

 

さて、今回はとても壮大かつ重々しいテーマを書いてしまいましたが(汗)

今年もやってきました(そして過ぎ去った)「母の日」にちなんで、

 

私の母について」「私と母の関係について」「私の母に対する考え方

 

について書きたいと思います!

 

 

何となく母が苦手」「母の日とか気まずい」「建前上感謝しているけど、心からはあまり感謝出来ない

みたいに感じている人達の心がに(罪悪感が無くなる)なれたらいいなと思って書きます!

(と言いつつ私の書きたい様に書くだけの自己満足記事です笑)

 

そして、かなり長い話になるので、2部作になります!すいません!!笑

それでは、お楽しみください!

 

 

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前にもお話ししたかも知れませんが、

私は母が苦手。というか、嫌いだったんですよね。

それにある一件で母を受け入れられなくなって、1年以上距離を取っていました。

 

 

何考えてるかわからないし、気持ちを伝えても全然伝わってない感じだし。

例えばですけど、

「○○やめてほしい」「○○してほしい」って伝えても

「わかった」「それは出来ない」っていう返答が返ってこないんですよ笑

違う話にすり替わる…みたいな。

言葉のキャッチボールが出来ないんですよね。笑

 

 

そもそも私の両親は離婚しているんですけど、

理由は色々ありますが、離婚の一番の原因は

「母の不倫」ですね。

ついでにその時母のお腹には私の弟(異父兄弟ってやつ)がいたわけですね。

私には3歳離れた姉(これは同父!)がいて、私が中学生だった時ですかね。

 

 

ちなみに、不倫が発覚した現場が凄い面白いんですよ!笑

 

 

1年位母がまともに家に帰って来なくなって(そこまでなるのに変だと気付かない私達一家。笑)

流石に父が「おかしい」と気付いて、ある日母を尾行したそうです。

そしてたどり着いたのが「不倫相手」の家だったそうです。

 

そして、父はその家に乗り込んだそうです!(ヨッ!男気!)

不倫相手、母、父で話した結果、

母は不倫相手を選んだ訳ですね。

 

そして、しょんぼりして車で帰ろうとした父に

車上荒らし被害により定期券を盗まれたという追い打ち。笑

 

いや~父には申し訳無いですが、これは笑う!

人生悪い事は重なるという事が良く分かった事件でしたね笑

 

 

厳格で恐ろしく怖い父でしたが、

その日開かれた家族会議で、

父がわんわん泣きながら、

ごめんよぉ~って私と姉を力強く抱き寄せた時、

 

 

「父も人間なんだ」と感じたと同時に

「うちの家族にも”絆”はあったんだ」と分かって、

私も貰い泣きしてました。

 

 

一応書いておきますが、

私は自分の境遇に非観はしていません。

「私はこれだけ不幸」「皆に慰めてほしい」なんて、まったく思っていません。

もっと言うと、私はまだ恵まれている方だと思っています。

私よりもずっと家族関係で苦労している人はいます。

そもそも優劣つけるものでもないと思いますけど。

そりゃぁ、母親のいる家はやっぱうらやましいとは感じますが、

(いつ家に帰っても綺麗な部屋、温かいご飯、相談出来るお母さんがいる人は大事にしてね!)

「あの環境」があったからこそ、「色んな事に気付く」事が出来ました。

だから、これを読んでいる人には

「同情してもらいたい」なんて、全く思いません。

「母親に対する考え方や関わり方の多様性」を少しでも理解して頂ければ、それだけで嬉しいです。

そして、あわよくば「母親との関係性」に悩んでいる人達が少しでも楽になれたら嬉しい!

そう言う理由で書いています。

 

 

 

本題に戻りますが、

 

私達姉妹は父に引き取られる事になったんですね。

 

家から母が完全にいなくなった訳ですが、

正直、とっても過ごしやすかったです(笑)

 

母が不倫してこうなった訳ですが、

私は「母は家族を捨てた」なんて考えは殆どありませんでした。

寧ろ、「母が幸せになれるのなら良かった」と思いました。

 

 

不倫するには勿論理由もある訳で、

その理由は私達家族が原因でもある訳で、

主に父の厳格さや自己中心が理由な訳で(多分DVもちょっとあったかな?)

威張る癖に稼ぎが少なくて貧乏で(それでも姉妹を成人させた父には感謝してます!)

私達の反抗期も酷かった訳で(私は暴言、姉は家の至る所に穴開けてましたね。笑)

専業主婦しながら子育てして時々パート出て、

近くに頼れる人もいなくて(母方祖父母も結構非常識な人達です。笑)

 

考えれば考える程、母は本当にギリギリで頑張ってくれていたと思います。

 

多分、母は発達障害とか、精神疾患あったんじゃないかと思います。

さっきも書いた通り、コミュニケーションが苦手な人だし、

片づけ出来ない人で、家にはコバエとかめっちゃいたし、

お弁当作ってくれたと思いきや、蓋開ければ虫が湧いていたり(あれはトラウマ、慰めてくれた友人ありがとう泣)

毛ガニ丸々入れたカレー出した時には「流石にやばい」と私達姉妹は感じ、

勿論その「毛ガニカレー」は食えたモンじゃなく(毛がやばい!!!)

「食べられないから他の物を作ってほしい」って言っても、

「全部食べなきゃ何も作らない!」って言われて、

1~2か月かけて、姉と毛ガニカレーをちびちび食べましたね。

毛ガニカレーは常温保存、ご飯は自分達で炊いてました。

今思えばせめて冷蔵庫入れておけば良かったと後悔。

おかげで私達姉妹の消化器官は鍛えられました!!笑

 

まあ、そんな感じなので、母はたばことお酒に頼ってばかりでしたね。

家に沢山お酒があるのに、また買い足そうとした母を止めた時

「うるさい!飲むんだから!止めるな!」と公共の場で怒鳴られた時は、

子供ながらにヤバいと分かりましたね。

 

私達姉妹が幼い頃から喧嘩ばかりの両親でした。

「また喧嘩してるね」って言い合いながら、

姉と一緒に3段ベッドの一番上で寝る日々でした(私は2段目だったんですけどね笑)。

 

 

なので、それ位、母にとってキツイ生活だったと思います。

だから、彼女の人生が楽しいものになるのなら、それが一番だと思いました。

 

それに、母との衝突も無くなって、

大変だったけど自分達でご飯作ったり生活する事は、

意外にも出来たし、ある意味楽でした。

 

 

上に散々母の事書きましたが、本当はとても優しくて良い人なんです。

料理上手だし、お菓子作りも好きだし、裁縫も出来るし、

ピアノの先生で、家にはピアノがあって、私も習っていました。

幼稚園の時には上履き入れも作ってくれました。

やっぱり、母のにおいが付いたTシャツとか、好きでした。

(これは子供として抗えない本能…?)

 

多分、旦那さんが金銭的余裕があって、いつも穏やかな人だったら、

母はきっと素敵な奥さんになっていたんじゃないかなと思います。

(何目線。笑)

 

 

そんなこんなで、無事男児を高齢で出産し、

本当はダメだけど、私達姉妹は時々母と弟に会って、

それなりにお互い良い関係を築いていました。

 

 

しかし、そんな母に悲劇がーーーーーーーー

 

 

その②に続きます!そのうち更新します笑

しばしお待ちを~!